<天誅剣> 
  
   ※1997年『歴史読本』5月号掲載

 

 尻からげをした男は刀に水をほとばしらせ、両手首を荒縄で縛り上げられている人物を振り向いた。

 「岡田以蔵であるな」

 「・・・はい」

 (いやな声だ)

 以蔵は喉元でそっと吐き捨てた。やっと返事はするものの、顔を上げるまでの力はない。

 お縄をかけられるまでの乱闘と、さまざまな拷問によって、すでに朦朧としている。


 ---土佐(高知県)城下山田町藩投獄 六月十四日

 ---尊攘派により、同志・武市半平太 切腹

 ---同、同志三人斬罪

 

 そして、岡田以蔵の斬首が行なわれる。

 『自業自得』という文字が頭の中を横切るが、意地っ張りなこの男はそれを打ち消す。

 (だが、竜馬さんの言う無血革命は、自分などが出来るわけなかったんじゃ)

 ふっと苦笑した瞬間、頭上で鍔の鳴る音が耳をついた。

 (わしはただ命じられるままに、天誅という言葉をかりて人を斬った・・・)

 

 ただでさえ血の通わぬくらいにきつく巻かれた縄が一層ギリッと軋み、首を落とす男とは別の、縄を持っている

右側の男が以蔵の髪の毛を掴み、地面すれすれに押し下げた。

 

 以蔵は抗わない。

 

 この時代の斬首は、藩屋敷の離れで行なわれた。

 検視を務める者が正装で座敷に座り、まっすぐ外を見る。

 罪人は前述の通り、手首を縄で縛られ、左に首を斬る者、右に縄を持って罪人の首を伏せる者、

 そして周りにはまた、数人の見張りがいた。

 

 (好きにしやがれ)

 

 以蔵はうっすらと目を開いた。眼下に蟻が一匹うろうろと歩いている。

 幼少の頃、蟻をつまんで遊んでいる自分の光景が目に浮かび、かすかな母親のぬくもりが蘇る。

 用意ができました、と男は検視に言うと、刀を作法どおり一回まわし、すっかり痩せ細った以蔵の

 首の上に構えた。

 

 以蔵は呟くように口を開け、こう言う。

 「わしは土佐藩士、岡田以蔵・・・人斬りの以蔵にあらず」

 幸か不幸か、これは誰も聞き取れぬほどの声だった。

 以蔵は、さらに続ける。

 「我に悔いなし」

 

 同時に、刀の一閃で首と胴は一体でなくなってしまった。

 

 彼の一生は短かった。身分という制度に敷かれて、無理やりに天誅剣を握らされ、生まれの藩で死んだ。

 だが、悔いなし、の言葉は以蔵の本心だったと思われる。

 それが何だったのかは分からないが、例えば生前に出会った坂本竜馬もその一つであっただろう。

 

 すべてが闇となる瞬間、以蔵は頬に風を感じたが、たぶんそれは気のせいだった。

 現在の暦でも、春一番が吹くのには早い。

 それに何より、風見の旗はあおられていなかった。

 まるで少しでも彼、岡田以蔵の魂が風に乗ってのぼっていかないようにと願った人間の、思いの表れ

 だったかのように・・・・・・。

 

 ---慶応元年(一八六五)閏五月十一日。

 

 土佐藩士・岡田以蔵 没。

 



■解説■

 これは上記の通り、「歴史読本」(新人物往来社)という月刊誌に掲載された投稿小説です。

 1997年だから14歳の時のものです。中学2年・・・若かった(笑)

 史実の一部を、自分なりに小説に起こして書く、というコンセプトの募集コーナーだったと思います。

 しかもペンネームが思いつかなかったので本名で載ってました(苦笑)

 まさか掲載されるとは思わなかったし、編集側で岡田以蔵のお墓の写真を挿入して下さっていたのが

 とても嬉しかったです。記念品として頂いた非売品の坂本竜馬のテレホンカードは、今も使わずに

 保存しております。懐かしい。




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