<白百合の参戦>

 

軍師から援軍の依頼を受けて、部隊を率いて前線へ駆けつけたマイヤ兵のディロイ。そこで彼が見た光景は、想像を絶する

ものであった。完全に壊滅した自軍と、ラウォ軍。

「な・・・何があったというんだ」

辺り一帯、焼け野原になっている。何万という死体がおびただしく折り重なり合い、むっとした異様な匂いが立ちこめている。

一目見て異様と分かるのは、兵士たちの死に様だ。白銀の鎧の兵士たちは明らかに武器で倒されていたが、その向こうの

ラウォの軍勢は全員が真っ黒に焦げ、もはや焼け残った鎧の内側は人間の原型を留めていない。

もし灼熱地獄というものが存在するなら、こんな感じだろうか。

気を抜けば吐き気すら催すこの猟奇的な地上を、空から陽射しが不似合いな程に優しく照らしている。

「・・・ディロイ様ぁ!」

高台に身を潜めていた軍師が、転がるように降りて来た。

「無事だったのか。この有様は一体何なんだ!?」

「あ・・・あの方です・・・グラディウスさんが、たった一人でラウォ軍を・・・!」

「!?」

出陣式、そして今回の陣地への移動にあたり、少し言葉を交わしていた金髪の青年。彼が異能の力を持っていることは

知っていたが、ここまでの威力だとは予想もしていなかった。

「それで、彼は?」

「き、きっとあの辺りに・・・」

ディロイは急いで、軍師の指した辺りを部下と共に探す。

やがて、重なった死体の山から零れて陽の光を受ける、金色の髪の毛を見付けた。軍師が話す、にわかには信じ難い

異形の化け物の起こした爆風で、吹き飛ばされて埋もれていたようだ。

「・・・いた!」

すぐに駆け寄り、その身体を引き出す。彼の体は、血と泥にまみれていた。

「グラディウスさん! しっかりして下さい」

彼の傷付いた身体を膝に抱え、何度も呼びかける。

「う・・・」

「良かった、息がある・・・。私が分かりますか?」

「ディ・・・ロイさ・・・ん」

「ひどい傷だ。すぐに軍医の元へ連れて行きます」

「・・・を・・・あの人たち・・・を」

ドス黒い血がこびり付いた唇が、必死に動く。青い瞳も力なくゆらゆらと漂い、その蚊の鳴くような声をディロイは

懸命に聞き取ろうとする。

「あの・・・人たちを・・・安全・・・な・・・場所に・・・お願いします・・・」

「ディロイ様、近くに人質にされた一般人が居るのです。グラディウスさんは彼らを守ろうと・・・」

軍師の説明で、グラディウスの意図がようやく理解できた。

「分かりました、すぐに全員を探して、あなたと一緒に運びます。安心して下さい」

しっかりと答えるディロイの声を聞くと、グラディウスは安堵からか気を失ってしまった。

 

            ☆

 

たった一人が、マイヤに侵攻してきたラウォ軍の大部分を壊滅させたという怪異な情報は、まもなく大陸中に広まった。

国王や大臣たちは城で、シフは野戦キャンプで、そしてカッツは味方の陣地で。みな、グラディウスの身を案じた。

召喚の代償は、術師の魂ただ一つ。呼び出す相手が強力なほど削られる魂は比例して大きくなり、生命が危険に冒される。

そう話していたのは、他ならぬグラディウス本人である。

 

「おうっ、どうした!? シケたツラしやがって」

ゼルガが、カッツの隣に馬を並べる。

「師匠・・・」

「ここで仲間のことを心配してても仕方ねぇだろ。信じるしかねぇ」

「・・・はい」

大陸の南側へ進軍した南方部隊は、まずまずの戦いをしていた。弓兵隊を前線に配置し、ラウォ軍に向けて一斉射撃を

行った後に後方から槍兵隊や剣兵隊が突撃する。ラウォ側も強靭な盾で防御しながら進んで来るので大きな戦果には

ならないが、最低限の損害で、確実にラウォ軍の進軍速度を落としている。

 

カッツとゼルガを含む騎馬部隊は、前線の交戦地を避けて迂回するように砂漠へ出ていた。別方向からラウォ軍を

挟み撃ちする計画だ。現在は、突入する際に合流する予定の援軍部隊を待っている所である。

二人は泥にまみれた鎧を装備し、馬を並べて会話していた。

「西方部隊の方はどうなってるって?」

「順調にラウォへ向かっているようですよ。シフ殿の戦いぶりが尋常ではないようで」

「そっか。あとはラウォ軍がそいつらを後ろから追撃しないよう、ここで食い止めねぇとな」

「ええ・・・」

さりとて、やはりグラディウスの顔がちらついてしまう。よもやという可能性も否めない。肝心の、彼の生存に

関する情報までは入って来なかった。

(いかんいかん・・・グラディウス殿はきっと無事だ。自分も集中せねば)

ぐっと目を閉じて深呼吸した。

そろそろ陽が落ちる頃だ。砂漠は夕焼けに染まり、これからは急激に体感温度を下げる。基本的に、夜の暗闇の中での

戦争は不可能である。灯りを得るための道具といえば、蝋燭や手提げランプくらいなので敵味方の判別も難しく危険だからだ。

この後は両軍とも本陣で待機し、また夜が明けると同時に再戦の見通しだ。

 

「・・・懐かしいな。お前の父親と一緒に、こうして馬に乗っていたのを思い出す」

ふと、ゼルガが中年皺の浮かぶ顔を歪めて笑った。

「師匠?」

「オレが今回の戦に参加することを決意したのは、隊長の仇を討つためだ。あの時は逃げちまったがよ、今度はこの命

尽きるまで戦い続けてみせるぜ」

遠い向こうを見つめて、ゼルガは言う。

「自分も・・・父の名に恥じぬ戦いをするつもりです」

彼らは軍の中でも珍しく、長い棍棒を得物として戦っている。元々、ゼルガの得意な戦い方は接近した状態での肉弾戦だ。

相手が複数だろうが武器を持っていようが、身一つで勝てる戦いが可能である。しかし戦争という状況においては効率が

悪いため、ゼルガ自身が棍棒という手段を選んだのである。

人間を何人か斬ってしまうと脂がまわって切れ味を失う刃物より、力と技があればそれ以上の殺傷力を持つというのが

最大の理由だ。

事実、ここの所の交戦においても二人の力は並外れていた。

かつての戦争で大暴れした男と、その男に師事した青年。相手の動きを見切り、攻撃を避けるだけでも、受け止める

だけでもない。受け流して返す、という独特の技を駆使し、その棍棒が振るわれる度に何人もが鈍い音と共に骨を砕かれた。

 

「援軍、東より到着!」

伝令役の味方の兵士が叫んでいる。振り向けば、エントルスの方角から砂煙を巻き上げて白銀の騎馬部隊が近付いて

来ているところだ。

「やっと来やがった。これで、オレたちの部隊は完全に合流ってことになるな」

ゼルガが馬の背に飛び乗る。カッツもそれに倣おうとしたが、遠くに見える援軍を凝視したまま固まってしまった。

「どうした」

ゼルガが見下ろして問うが、カッツの視線は動かない。

「あん?」

ゼルガも同じ方向を見る。

「あの、先頭の馬・・・」

「・・・ほぉ、見事な白馬じゃねぇか」

援軍部隊の馬のほとんどが栗毛や青鹿毛のため、先頭を歩いている輝くばかりの白馬が、暗闇の近付く砂漠の上で

一層目立って見える。

「そんな・・・あれはシンディ殿の愛馬だ」

「何だって!?」

部隊が合流を果たした時、カッツの嫌な予感は的中する。

先陣を切っていたのはシンディ本人だった。白銀の鎧に、一つにまとめた長い銀髪。白馬に跨る姿は美しく、まるで

戦場に咲く白百合のようであった。

先に布陣していた兵士たちのポカンとした表情を無言で見下ろし、彼女はそのままカッツの元へ白馬を進めて来る。

「そなたも無事のようだな。強烈な戦いぶりだと聞いておるぞ」

「ちょ・・・シンディ殿! どうしてここに!?」

「国政は、信頼のおける大臣たちに任せて来た」

「・・・」

完全に絶句してしまったカッツの横で、ゼルガも馬を降りる。

「神官どの、いくら何でも女のアンタが出て来るような場所じゃねぇぞ。ましてや自分の立場を考えてみろ。

死んじまったらどうするつもりだ」

完全に、太陽が沈んだ。宵闇の中で、それでも彼女の放つ清らかな存在感は圧倒的だった。

「レナード王とて前線で戦っている。それに、私の国の民たちも命を賭してこの場にいる。もはや男も女も、

命の重さも変わらない」

凛とした声は相変わらずだが、もっと深い、複雑な決意が含まれているのをカッツは感じた。

「ここで私も戦わねば、今まで何のために剣や弓、馬の稽古をしてきたのか分からない。我々の後ろにあるエントルスには、

大勢の女や子ども、老人がいる。戦える者は一人でも多い方が良いだろう?」

「は・・・はは」

カッツは、お手上げだと肩をすくめて苦笑する。

「さしずめ、あなたは女聖騎士とでもいったところですね」

シンディも、白馬の上でニヤリと笑う。

「昔から、負けん気の強さだけは人一倍だ」



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