<激戦は続く>

 

飛び散った返り血が頬に当たる。昔は避けられなかったことを忌々しくも思ったそれを、今は温かいと素直に感じる。

(命の、熱がある・・・)

シフは大きく剣を振り上げた。

「おらあぁぁぁ!」

怒号と共に金属音が響き、相手の剣が折れると同時に鮮血が飛沫を上げる。

 

破竹の勢いでラウォ軍と渡り合うシフの猛々しい姿は、味方ですら恐ろしくなるほどであった。一振りするごとに

炎を巻き上げる秘宝の剣は変わらず強い光を放ち、シフの身体を包んでいる。風よりも軽く、しかし鉄を紙きれのように

真っ二つに出来るほどの威力。そこへ、聖騎士カムラッドに基礎から鍛えられたシフ自身の天才的剣技があるのだ。

普通の兵士たちが束になろうと、敵うはずもない。自分と馬への攻撃を巧みに避けながら次々と敵を薙ぎ倒してゆく。

白銀の鎧や顔は血を受け続けて真っ黒だが、シフ本人の傷はほとんど無い。

「進めっ! 進めえぇぇ!」

シフの指揮の元、ラウォを目指す西方部隊は砂漠の中を着実に進軍している。ここに来るまでの損害は大きく、

部隊の兵数は当初の半分になってしまった。しかし、もう目的地までは目と鼻の先である。

「絶対に目を閉じるな! 相手の太刀筋を見ろ!」

また数人のラウォ兵を一気に落馬させ、シフは味方の兵士に向かって声を張り上げる。激しい戦いの音に溢れ返る中、

ふいに背後から戦斧を持った敵兵が突っ込んでくる。

「っ・・・」

手綱を引いて避け、同時にシフは剣を振り上げる。

刹那、黄金の瞳が揺らぐ。

「悪い・・・ここで足止めされるわけにはいかねぇんだ」

次の瞬間、敵兵の身体は火の粉に包まれ、斧ごと縦に二つになっていた。

 

            ☆

 

「グラディウスさん?」

北方部隊に従軍している軍師は、キャンプの中でその名を呟いた。数多い負傷兵を手当てし、寝かせている部屋に

金髪の青年が見当たらない。

「あの怪我で、どこに行かれたというんだ・・・君、知らないかね?」

近くに座る、包帯で全身を巻かれた若い兵士に尋ねる。彼にはもう、右腕が無かった。

「分からん。自分が気が付いた時には、もう居なかった」

グラディウスが庇っていたアルマの村の人たちは無事に全員が保護され、多少の怪我を負っていたのでキャンプ内で

介抱されている。しかし、肝心のグラディウスの行方が分からなくなっていた。

「おい!」

その時、カーテンを開けて一人の兵士が入って来る。

「繋いであった馬が一頭居なくなっている。こんな暗闇の中で、誰が乗って出たんだ」

軍師は血の気が引いた。つい先程、兵士の点呼は済んでいる。この状況で出て行った人物の心当たりといえば、

もう彼しかいない。

 

その頃、グラディウスは自分が焼け野原にした森の中を馬で駆けていた。

「はぁ・・・っ・・・う!」

肉体の全てが、痛みを訴えている。馬の振動で、悲鳴を上げてしまいそうなほどに。

彼は目が覚めると同時に、近くに寝かされている村人たちの無事を確認して胸を撫で下ろすと、すぐにキャンプを脱け出した。

(我ながら・・・無茶をする)

苦笑すると、振り落とされないように手綱を握る手に力を入れる。ぬるりとした流血の感触が腹部から伝わってくるが、

今は気にしている場合ではない。

(向こうに魔導士が居るとすれば、シフさんたちが危ない)

遠くなる意識を必死に呼び戻しながら、身を捩じられるような激痛と共に前を見据える瞳は、まだ力を失っていない。

呼び出したドラゴンによって殺された黒焦げのラウォ兵の死体の山を、馬は何とか避けながら真っすぐ西へ走る。

 

            ☆

 

短い夜はあっという間に過ぎ、砂漠の向こうで太陽が顔を覗かせた。

「お前たち! 例え敵の数が多くとも、決して怯むでない! 私たちの背後には、守らねばならない人たちがいる!」

そんなシンディの叫び声を合図に、最後の南方部隊とラウォ軍の全面激突は開始していた。これまで部隊自体が

押され気味だったので、交戦地はヴァレン領を超えてエントルスにゆっくりと近付いている。

大陸の最東端、非戦闘員が全員避難しているエントルスの入国門を突破されるのというのは、すなわち敗戦を意味する。

絶対に負けられない戦いだ。北方部隊の唯一の生き残りであるディロイ中隊も全速力で援軍に向かっているが、

こちらへ到着するまでは、まだ時間が掛かる。

 

「背後にも隙を作るな! 陣形を崩してはならん!」

指示を飛ばしながら戦うシンディは、さすが並みの兵士よりも圧倒的に強かった。

ヴァレンの国王レナードも前線で奮闘している。普通に考えれば、王でありながら戦線に出るなどあまりにも無鉄砲で

前例のない事態だ。しかし、若い二人は常に戦いに出る心構えで訓練を積んで生きてきた。自分だけが安全な所で

守られることに、どうしても耐えられなかったのである。

レナードとシンディの参戦を聞いたマイヤのジール王は、本陣で涙を流した。もう戦いに出る事は叶わない老いた身を

悔やみ、また、自ら戦線へ向かって行った息子・アレン王太子のことを誇りに思った。

「民のために命をも賭けられるかどうか・・・それこそが、真に愛される王たる条件なのかもしれぬ。

女神よ、どうか彼らに大いなる加護を・・・」

ジールも、ルシェ教の信仰者である。昇り始めた太陽を見つめ、心からそう祈った。

 

「師匠ッ! 危ない!」

戦乱の中、カッツは目の端に捉えたゼルガに向かって思わず声を上げた。ゼルガの棍棒が敵に弾かれた瞬間である。

「ふん、バカ弟子が。これくらいで焦ってんじゃねぇぞ」

ゼルガは馬の体勢を素早く整えると、自分の武器を弾いて向かって来る敵兵の軌道上から動かない。

「覚悟ぉ!」

敵から鋭く繰り出される槍。しかしゼルガは紙一重で避けると同時に、槍の柄を掴むとそのまま兵士を馬上から振り落とす。

まさに、神業であった。そして奪った槍を大きく振る。空気を切る音が響くと、また周囲のラウォ兵は次々と

落馬させられていた。

「さすが、師匠・・・」

カッツは感嘆の声で呟くと、自分に向かってきた剣兵の攻撃を棍棒で受け、そのまま下に流した。馬上で敵の体勢が

崩れた一瞬を逃さず、相手の腹部に剛腕から繰り出される鉄拳をお見舞いする。勢いで落馬した敵兵は地面に叩き付けられ、

自分の馬に首を踏まれて絶命した。

ゼルガの修業で徹底的に教え込まれたのは、雑念を捨て、五感で相手の動きを察知し、なおかつ自分は大きな隙を作らない

動きで攻撃するという一連の流れを会得することであった。

カッツも始めはなかなか慣れなかったが、次第に周囲の動きがゆっくりと見える感覚が掴めてきた。

(気持ちを、無に・・・)

カッツはふっと息を吐くと、前を向いたまま棍棒を脇の下から後方に突き出す。背後から剣を振りかぶって近付いていた

ラウォ兵が、それをしたたかに受けて落馬する。

「な・・・なぜ・・・分かった・・・」

その言葉だけを発して、敵は気絶してしまった。

「カッツ、向こう側がやべぇ! ラウォの兵士が、やたらと群がってやがる!」

ゼルガの言葉に振り返ると、確かに自分たちの位置から少し離れた所に漆黒の兵士が集中していた。

おそらく、中心には自軍の兵たちが追い詰められている。

「ここはいい、お前はあっちの援護に行ってやれ!」

「分かりました、師匠もお気を付けて」

カッツは手綱を引いて馬の向きを変えるが、すぐに近くから弓兵が矢を射ってきた。間一髪でかわし、隙を突いて

間合いに入っていたゼルガがその弓兵を弾き飛ばす。互いに目線だけで合図し、カッツは馬を走らせた。

無論、他のラウォ兵も次々と向かっては来るが、カッツの振るう棍棒に骨を砕かれて落馬する。怪力の程度だけで言えば、

彼はゼルガよりも上だった。

(まずいな、かなりの数だ)

向かう先のラウォ兵の壁。白銀の鎧の兵士たちが、数え切れないほど砂の上で冷たい塊になっているのが見える。

「うおおおおッ!」

棍棒を振り上げ、彼は単独で敵の群れに突っ込んだ。

 

「・・・っ!」

数人のラウォ兵を吹き飛ばしたあと、彼は目の前の光景を見て言葉を失う。

漆黒の兵士たちが取り囲む中。

断末魔の嘶きと共に、幾本もの矢をその身に受けた白馬が前足を大きく上げて立ち上がった。

そして、その主がゆっくりと馬の背から滑り落ちる。

結っていた銀色の髪の毛がほどけ、宙になびく。

彼女の胸には、鎧を貫いて剣が真っすぐに突き刺さっていた。

「そんな・・・シンディ殿ッ!」

カッツの悲痛な叫び声がこだまする。

シンディの視界が、真っ赤に染まった。



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