<明かされゆく真実>

 

シフは石造りの螺旋階段で城の最上階まで行くと、王室までの長い廊下を進む。窓から射す月明かりを反射する、

冷たく固い床に自分の足音だけが響いている。

「・・・・・・」

ただただ暗く、静かな廊下。人の気配は一切しない。かつては多くの兵士や使用人たちが行き交っていた広い城の中。

シフには歩き慣れた道だ。

(壁のランプも・・・柱も、全部が以前のままだ)

シフとメルビアが消えたこと以外は、何も変わっていないラウォ城。

 

やがて、重厚な扉の前に辿り着いた。ごくりと唾を呑む。高い天井から、静けさに包まれた巨大な圧力が肩にのしかかる。

何度、この扉を開けてきたことか。

反乱分子の鎮圧、領土の拡大、そういった戦果を報告するのは騎士隊長である自分の役目であった。

(来たぞ・・・メルビア。俺の最後の戦いだ)

小刻みに震える拳を握り、呼吸を整える。

ギギギ・・・と押し開けられる、冷たく重い扉の向こう。

やはりそれも、以前と全く同じ光景。

広い王室の奥、大理石で造られた玉座にゆったりと身を預けたバルが、緋色の酒で満ちたグラスを片手に笑っている。

「くくく。今宵は・・・どんな報告をしに来た?」

渋く深い声も、変わらない。黒い鎧とマントを身に着け、もう初老にも関わらず恐ろしいまでの威圧感を放つ大柄な国王。

「アンタを、倒しに来た」

シフの声も、低く通る。

まるで老練な龍と、若獅子の対峙。

「ふふふ・・・」

バルは、突然グラスを床に叩き付けた。飛散する硝子片が煌めき、むせ返るような葡萄酒の香りが鼻に届く。

「ワシを倒す・・・か。天才と謳われながら、ただの一度もワシには勝てなかったお前が・・・笑わせる」

「俺は、この日のために修業を重ねた。そして、多くの仲間がここまで進ませてくれた。俺はアンタを倒し、

ラウォの侵略を止めてみせる」

怯むことなくそう告げたシフに、バルはゆっくりと玉座から立ち上がる。

「よかろう。ちょうど月明かりも眩しい。戦うには最適だ」

玉座の他には、余計なものは何もない王室。

シフも静かに、腰の剣に手を伸ばす。

「シフよ、お前の剣は炎を巻き上げるそうだな」

「そうだ・・・聖騎士の秘宝だ」

「お前ごときがそれを手に入れるとは、少々誤算だった。いや、本当に惜しい戦士を逃がしたものよ」

「・・・・・・」

「メルビアは、どうした?」

「・・・さあな」

「ふ、何も言わぬつもりか」

 

シフは、バルの様子を静かに伺う。

思えば、長く仕えてきたこの王は、それでも分からない事が多すぎる。何度か手合わせをして、その超人的な

剣の腕を知った。きっと、一生かかってもこの王を超えることは出来ないとさえ感じさせた。

自らの思いは何も語らず、ただ静かに玉座に腰掛け、シフを含めた数多の兵士を動かして軍事力の強化と領土の拡大を

進めてきた。そんな国王バルの真の目的も、生い立ちも、シフは何一つ知らない。

 

            ☆

 

マイヤ方面へ向かった北方部隊の、唯一の生き残りであるディロイ率いる中隊。全員が夜を徹して馬で疾走している。

「夜が明ける前には交戦地へ着くつもりで急げ!」

後方の部下たちへ声を張り上げる。南方部隊に参戦したシンディが討たれ、エントルスの門を突破されるのも

時間の問題だという報告は、既に届いている。

南方部隊の敗北、それはすなわちラウォの大陸全土統一の達成である。

「それだけは避けねばならん・・・この命が尽きようと!」

己の武器である槍を携え、ディロイは馬の脚が折れる限界まで鞭を当てる。

 

同じ頃、エントルスの入国門を背に南方部隊は文字通りの死闘を繰り広げていた。

ゼルガも、そしてカッツも既に馬を失い、砂漠の上での白兵戦で血みどろになっている。

わずか数十メートルの背後には、ぽつんと横たわるシンディ。

カッツは戦いながら遠目で様子を見るが、もう彼女が生きているのかどうかも分からない。

「くっそ・・・北からの援軍はまだかよッ」

ゼルガがラウォ兵を棍棒で殴り飛ばして叫ぶ。生存している兵の数も、ラウォ軍の方が多い。既にエントルスは目と鼻の先。

圧倒的に不利な状況だった。

「きっと・・・今向かってくれているかと・・・」

カッツが、ゼルガと背中合わせで戦いながら言う。

「このままじゃ突破されちまうッ!」

この二人が並外れた力を持っているのは事実だが、部隊ごと押されているのでは奇跡的な逆転は望めない。

戦い通しで、体力の消耗も激しい。

「っ・・・!」

カッツの視界に、また一人、自軍の兵士が串刺しで絶命する光景が映った。

(絶対に・・・ここを通さないと誓った)

身体の全てが悲鳴を上げるほどの痛み、そして疲労。それでもカッツは戦っている。

(シフ殿も・・・きっと今、戦っているはずだ・・・)

握る棍棒も、どんどん重くなっている。

 

            ☆

 

「こうしている間にも、仲間たちが戦っている。余計な時間を費やしている暇はない」

シフは、とうとう秘宝の剣を抜いた。刀身から紅の光が浮かび、次には激しい炎が取り巻く。

「ほお・・・その剣が相手では、並みの兵士たちが敵わぬはずだな」

バルは、剣を見ても不敵な笑みを浮かべたままだ。

「俺は・・・アンタに利用され、多くの命を手に掛けてきた。その罪は一生を賭けて償う。そして、俺のような人間が

再び生まれることがないように、全ての根源であるアンタを、ラウォという国を止める」

シフの瞳が、剣の炎を映して強く輝いている。

「自分以外の人間が死んで、何が悲しいというのだ。弱い者は強い者に殺されるか、従属するかしか選択肢はない。

お前のように、弱いクズどものために戦う、そんな偽善ぶりには反吐が出る・・・」

「アンタの、そういう所が大っ嫌いだって言ってんだよ」

「くく、随分と嫌われたものだ」

どこまでも深く、暗黒の色をしたバルの瞳が見開かれる。

「ワシを倒したくば、死ぬ気で向かって来い」

窓から、月だけが静かに二人の様子を見守っている。

「そのために、わざわざこうして一騎打ちの場を設けてやったのだ。少しは楽しませてもらわねば、興醒めだぞ」

「・・・・・・」

シフが無言で構えを作る。

「そろそろ、ワシの剣も披露してやろうか」

するり、とバルの腰から得物が抜かれる。

「・・・!?」

シフは、血が凍るほどの驚愕を覚えた。

「て・・・てめぇ・・・それは」

 

バルの剣は、刀身が黒い光を帯びていた。

 

「くくく・・・お前のそういう顔は、久方ぶりに見るな」

バルが剣を振ると、漆黒の炎が尾を引いた。

「どうだ・・・お前の剣と同じ・・・秘宝の剣だ」

「そんなわけがあるか! 俺は聖騎士から譲り受けたんだ。秘宝の剣が、そう何本もあってたまるかッ!」

何かの間違いだ、とシフは胸中で叫ぶ。足元が揺れているような気がした。現実を受け入れられない頭とは裏腹に、

身体はバルの持つ剣から放たれる異形の力を感じ取り、震えている。

(あれは・・・)

ただの剣ではない。むしろシフの持つそれよりも、強い力が取り巻いている。仮に、本当に秘宝の剣だとすれば、

バル自身の力を反映していることになる。

シフの額から、冷たい汗が次々と伝う。

「にわかには信じられぬ、といった顔だな」

バルはおもむろにマントを翻すと、左腕に着けた革製の籠手を外し始める。

「あの遺跡に行ったのなら・・・これに見覚えはないか?」

年齢には不似合いなほどに立派な筋肉の付いた腕が露わになる。そこには、カッツの腕にもある赤い痣がくっきりと

浮かんでいた。シフの頭に、クローディアの言葉が蘇る。

 

『それは、ファニークスの技術者たちに必ずあった痣です』

 

「ま・・・まさか・・・」

「ワシが、何故メルビアに長袖の服しか着せなかったか分かっただろう。ワシもまた、人前でこの籠手を外したことは

一度もなかったが、な・・・」

静寂の中で、バルの低い笑いが不気味に響く。



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