<そして・・・>

 

戦争により大きく傷付いた大陸の復興には、長い時間を必要とした。兵士として戦った若い世代の男性を多く失い、

随分と原始的な生活を強いられる中、それでも人々の顔にはゆっくりと笑顔が戻ってきた。

 

第二の大陸戦争と呼ばれる、あの戦いの終結から五年。

国王を失い、非戦闘員だけが残されたラウォの領地には、やがて他国の人々が土地を求めて移り住んだ。

新しい王と政治形態が生まれ、国名をかつての聖騎士が暮らした『ファニークス』と改められた。

そして今では、砂漠を囲んだエントルス、ヴァレン、ファニークス、フォング、マイヤの五国は正式に国交と平和の

協定を結んでいる。文化や経済、人々の交流が国境を越えて盛んに行われる、自由な大陸となったのだ。

 

            ☆

 

うららかな春の日、エントルスの神殿の前に1人の人物が立っていた。無造作に伸びた濃い紫色の髪の毛に、黄金の瞳。

十七歳で旅を始めた少年は今、二十四歳になっていた。

太陽に手をかざして懐かしそうに神殿を見上げると、そのまま中に足を進める。

そこには、銀の髪の毛を肩の位置で切り揃えたエントルス最高神官の美しい姿があった。

「来たか」

「よっ、ご無沙汰ぁ!」

シフはおどけて敬礼する。

「遅刻だぞ。相変わらずそなたは・・・」

「久々の再会で説教はナシ! さ、行こうぜ」

自分より頭一つ大きくなったシフの、昔と変わらぬ口調にシンディは噴き出す。

「全く・・・いつまで経っても子どもだ」

戦場で敵に刺された彼女の命を救ったのは、出陣前にシフが渡していたナイフであった。シンディがナイフを

肌守りとして左胸にしまっていたお陰で、剣の切っ先が心臓からわずかに逸れていたのである。

 

二人は中庭に出た。そこには、いつかのように沢山の料理を並べた机が置かれている。

「おっす!」

「お久しぶりですね、シフさん」

席についていたグラディウスが微笑む。金色の長い髪も、深い碧眼も、柔らかい雰囲気も、全く変わらない。

「おお、やっと来たか」

奥から、左目の部分に眼帯をつけたカッツが顔を出す。彼はもう三十六歳、頃良い男盛りを迎えていた。

「お前ら全然変わんねぇな。懐かしいったらないぜ」

「さあ、シフも早く席につけ」

一番変わらないのはどこの誰だと言いたいのを抑え、シンディが苦笑する。

 

この四人がゆっくりと集まるのは、実に数年ぶりである。

「ほんと、やっと大陸も落ち着いて来たって感じだな」

「ええ。戦争が終わって今まで、復興作業などで大忙しでしたからね・・・」

各国の多くが、焼け野原になった所からの再スタートである。

領土や食料をめぐる争いなど細かい問題も多々あったが、シフたちはあちこちを飛び回って指揮を執った。

「実際のところ、戦争が終わってからの方が戦争のような忙しさだったな」

さすがのシンディも、思い出すだけでうんざりという顔だ。

「だが、もう大きな枠組みは出来上がった。あとは各国それぞれが、自分たちの力で歩んでいかねばならん。

だが、良い方向へ進んでいくはずだ」

「そうですね。おかげで、安全に旅が出来るようにもなりましたよ」

グラディウスは、今も竪琴と共に大陸中を歩いている。彼の歌声と竪琴の響きの周りには、常に人の輪が出来る。

幼い頃から一ヶ所に留まる事の無かった彼は、いつかの安息の地を求めているのだろうか。

 

シフは、豪快に料理をかきこんでいる。

「味はどうだ?」

「やっぱ美味いぜ。これを毎日食えるカッツが羨ましいな」

シフがニヤリとカッツを見る。

「か、からかうんじゃない、シフ殿」

料理を詰まらせて咳き込むカッツに、シフは爆笑した。

カッツは、今は神殿で暮らしている。終戦からしばらくした頃にシンディと結婚。国政はこれまで通りシンディが行い、

カッツはその補佐や、警備隊の訓練などをしている。

シンディからの結婚報告の手紙に

『カッツに国を任せたら、潰れてしまう』

という本気とも冗談ともとれない深刻な一文が添えられていたのは、記憶に新しい。

「それにしても・・・」

シンディが切り出す。

「一番行方が分からなかったのは、そなただ。仮にも聖騎士の身で、断りも無しに消えおって・・・」

言われたシフは、苦笑する。

「カムラッドもそうだったらしいんだけど・・・何て言うか、大きな戦いを終えると、田舎で静かに暮らしたくなるんだよ」

大陸の復興がある程度落ち着いた頃、シフは新しいファニークスの国王やら大陸の名誉隊長やら、とにかく煌びやかな

あちこちの地位に推されていた。

しかし全てを固辞して行方をくらまし、時折手紙をシンディの元へ送るようになっていた。

「いったい、毎日何をしておるのだ」

「うーん、どっかに定住してるわけでもないし、ほんと色々だぜ。今はヴァレンの村で家畜の世話や果物の収穫を

手伝ってるところだ。戦争で、頼りの息子を亡くして一人暮らしになったジーさんやバーさんも多くてさ。

あと、頼まれれば子どもたちに剣の稽古をつけたりもしてる。ほんっと毎日楽しいぜ!」

屈託のない笑顔を浮かべるシフ。他の者は、半ば呆れて噴き出した。

「ふっ・・・何と言うか、シフさんらしいですね」

「はっはっは、シフ殿の生き方も面白そうだな」

「ま、しばらくは今の生活を続けるつもりだぜ」

 

それぞれが違う道を歩き、各自の人生を充実させている。

時には困難なこともあるが、ささやかな幸せを感じる喜びを忘れることは、決してない。

そして・・・

「そういえば、今日は報告があるのだ」

料理がだいぶ無くなったところで、シンディが言う。改まったその態度に、シフとグラディウスは手を止めた。

珍しくシンディの頬が赤くなって、咳払いもひとつ。

「何だよ?」

「実は・・・懐妊したのだ」

「は? 誰が」

「いや・・・シフさん、この流れから言ってシンディ様以外にありえないでしょう」

「な、なにィ!?」

シフが大声で叫ぶ。

「まじかよ、いつ産まれんの!?」

「医者の見立てでは、冬の間だそうだ」

「・・・・・・」

「おめでとうございます、お二人とも」

喜びの空気の中、シフはしばらく黙っていたが、ふと真面目な顔付きになる。

「何か・・・すげぇな。新しい命が生まれるんだ・・・」

かつて、あの人が口にした願い。

 

『幸せの中で、新たな命が生まれ続けてゆく、そんな世界が実現すればいいのにね』

 

それは、今もシフの胸に熱く刻まれている。

「俺、戦って来て本当に良かった。平和になったからこそ、こうして新しい命が生まれて、皆が幸せになるんだからな」

「シフ・・・」

シンディが言葉を詰まらせる。

「なっ・・・! いっつもおっかねぇアンタが、これくらいで泣いてんじゃねぇよ! それよりカッツ、ちゃんと

大事にしてやれよ?」

「ああ、もちろんだ」

「本当に楽しみですね。お子さんが生まれたら、また皆でお祝いに集まりましょう」

近い将来の楽しみが、また一つ。

「じゃあ改めて、もう一度乾杯しようぜ!」

四人は再びグラスを合わせた。

 

いつまでも変わらぬ絆と、新しく生まれる幸福な命に。

 

                          【完】



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