<闇に巣食うもの>

 

大昔のリオール大陸では、精霊や亜人が人間と共存していたという伝承が、数多く残されている。

シフたちラウォ人の耳が尖っているのは、亜人の血の名残りだという説があるというのは前に触れた。

当のラウォ人は国王バルによる圧政の下、武を磨くことに重きを置く者が多く、その方面の話には疎い

世代ばかりになってしまった。しかし信仰色の強いエントルス、マイヤ、ヴァレンなど大陸の東側の国では、

今でも精霊を祀る風習が残っている。

相棒であるグラディウスの持つ不思議な力、そして先に出会ったコウジャの老人も木の精霊であったことを

鑑みると、伝承とは作り話だと簡単に言い切れるようなものではないのだろうと、シフの考えも随分変わっていた。

そして今回、二人が探す「妖魔」とは一体何なのか。

 

とうとう、その妖魔が棲むという洞窟の前に到着した二人。

「ついに来ちまったな・・・」

「ええ。ここが山岳の最奥ですね」

切り立った崖に、黒々と開いた穴。中は全く見えない。

「だいぶ深そうだな」

コウジャの老人と別れて北を目指すこと、丸一日。

「入る前に、持ち物の確認をしておきましょうか」

グラディウスが背負っていた荷物を降ろす。

「身軽にしておいた方が良いだろうから、武器と最低限の食料だけ持ち込むか?」

「そうですね。洞窟がどれくらい深いかは分かりませんが、水はなるべく我慢しましょう」

生命維持に欠かせない水の補給が不可能な場所での探索は、帰りの分まで計算せねばならないので、非常に難しい。

「ホント、想像以上にきつい道のりだったな」

最終的に、シフは小さな食料袋と剣を持って準備完了とした。

 

「何が待っているのか見当も付きませんが、くれぐれも気を付けて進みましょう」

「おう。じゃ、行くか!」

ついに洞窟に足を踏み入れようとした、その時。

「・・・ちょっと待って下さい、何か聞こえませんか?」

「え?」

グラディウスの言葉にシフが足を止めると。

「ひゃああああああああああッ!」

洞窟の奥から、情けない絶叫が響いてくる。

「何だ!?」

咄嗟に剣を構え目を凝らしていると、やがて一人の大男が全速力で走り出て来るのが見えた。

「お、おたすけえぇぇ!」

二人の前にガクリと膝を付き、にじり寄って来る。

「な・・・」

二人は茫然とその様を見つめていたが、シフはハッと我に返り、その男の後頭部をめがけて拳を

思いっきり振り下ろした。

バキッ。

「あいたーっ! な、何をするんだ!?」

「それはこっちのセリフだっつの! 何なんだよオメーは」

「あたた・・・。どうやら君たちは普通の人間のようだな」

「お前よりは普通だぞ。もしかして山賊か!?」

 

シフがそう思うのも無理はなかった。二メートルはありそうな筋肉質のこの大男、とにかく身なりが汚い。

ボロ布を継ぎ接ぎした服に、背中まで伸び放題のボサボサな髪の毛と無精ヒゲ。しかも裸足である。

「失礼な、自分は山賊ではないぞ」

ぬっと立ち上がると、二人を見下ろしてニカッと笑う。

「自分はカッツという者だ。君たちは?」

「カッツさん・・・ということは、あなたがリィスさんのお兄さんですか?」

「えっ、リィスを知っているのか!」

 

―― 沈黙。

 

「まさかこんな怪しい奴がリィスの兄貴だったなんてな」

シフが心底脱力した声で言う。

洞窟から少し離れた場所で、三人はとりあえず情報交換をしようと、輪になって座っていた。

「はは、すまんすまん。自分も、まさかこんな所で人に会うとは思ってなくて驚いたよ」

あっはっは、と笑って見せる顔は、非常に人懐こいものがある。

 

「それでカッツさん、あの洞窟には一体何が?」

グラディウスの問い掛けに、カッツは向き直る。

「自分がここに来たのは今朝がたになる。辿り着くまでに色々と道に迷ったりしてたもんで、予定より

だいぶ遅くなってしまったが・・・」

シフたちも危険な足場や崖を越えてようやく着いた事を考えると、単身のカッツが無事に辿り着いた事だけでも

奇跡と言えるかもしれない。

「洞窟の中は、狭い道が続いている。自分は格闘技が得意だから、何が出ようと殴り倒す自信があったんだが・・・」

「何だよ」

「だからその・・・自分は化け物に負けたんだよ」

「化け物?」

「し、信じてくれ! あれは確かに化け物だった。祖母殿の言う、妖魔の話は本当だったんだ!」

「わ、分かったから落ち着けって」

「詳しく状況を教えて下さいませんか?」

「ああ、すまない・・・。しばらく歩いた所で、広い場所に出たんだ。だがちょうどそこで蝋燭が切れてしまってな。

仕方なく引き返そうとしたら、目の前にでっかい二つの光が浮かんでいたんだ。これくらいの・・・」

カッツが両腕で輪を作る。

「おい、まさかそれって・・・」

「化け物の目だと思う。真っ暗だったから姿こそ見えていないが、動く音の大きさからしても、相当巨大な体つき

であることは分かった。咄嗟に目の間を殴ってはみたものの、凄まじく硬くてびくともせず、こりゃかなわんと・・・」

「逃げて来たってわけか」

「面目ない・・・」

カッツがしょぼんとうなだれる。

「まあまあ、中に何かが確実に居ると分かっただけでも良いですよ。カッツさんも無事に出て来られたわけですし」

「ま、あとは対策だな。しかし化け物の正体が分かんねぇことには・・・」

シフの最大の懸念は、そこだ。

得体の知れない敵に、考えなしに向かうわけにはいかない。

「そもそも、ホントにそいつがジーさんの病気の原因なのか?」

「う・・・自分に聞かれても・・・。言い伝えでは、そうだとされているから・・・」

「どんだけの信憑性があるんだか」

「しかし、やってみない事には結果は得られませんよ。シフさん、私は早めに乗り込むべきだと思います。

灯りに関しては、任せてください」

グラディウスが立ち上がる。

「まあ・・・ここまで来たからには、そのまま帰るわけにもいかねぇしな」

ちらりとカッツを見る。

「もちろん、自分も同行させてもらいたい!」

「・・・って言うだろうとは思ったけどよ」

シフは鋭く言う。

「アンタの実力の程度が分かんねぇことには、無理だ。もしご自慢の格闘技がヘナチョコだったとしたら、

俺は他人を庇いながら戦うのは願い下げだ」

元・騎士隊長だけあって、言葉は悪いが言っていることは正論である。グラディウスも、これには反対しなかった。

カッツもしばし悩んでいた様子だったが、最後は立ち上がった。

「いや、参った。もっともだな」

そして、近くの岩を指差した。

「あれを、一撃で破壊して見せる」

「な・・・」

シフが声を上げるのも無理はない。カッツが狙いを定めた岩は、軽く三メートルは高さのある大岩だった。

 

「破片が飛ぶだろうから、少し離れていてくれ」

ニカッと笑うと、カッツは袖をまくった。シフとグラディウスは言われるままに距離を作り、それを見守る。

助走の前に精神集中をするカッツが見せる顔つきは、先程までと打って変わり、まるで獲物を狙う狼のような

それであった。

「・・・別人のようになられましたね」

「ああ。それにあの足運び、全く隙がないな」

そっと二人が囁いた時、カッツが走り出した。

「せやッ!」

「!?」

カッツの大きな拳が垂直に岩に叩き付けられたかと思うと、爆音と同時に岩が木っ端微塵に砕け散っていた。

「すっげーな! 見直したぜ」

グラディウスは、転がる岩の残骸を見て目を疑った。

「あれほどの岩が大きな破片を残さず粉々になるなんて、ただの力技とは格が違いますね」

「いやいや、まだ未熟だよ」

これで、洞窟への突入は三人で行う事が決まった。

 

腹ごしらえを済ませ、手荷物をまとめる。

「じゃあ、自分が先に入口の様子を見てくるよ」

カッツが走ってゆく。

「よし、改めて出発だな」

「はい、しかし・・・」

「何だ」

「シフさんも見たでしょう。あんなに強力なカッツさんの拳で、びくともしなかったという相手です。十分に

用心する必要がありますよ」

「ああ、でも心配すんな。どんな奴が相手でも、俺の剣のサビにしてやるぜ」

剣の柄をぽんと叩くシフにグラディウスも微笑を返し、ついに一行は洞窟に足を踏み入れる。

 

            ☆

 

「うわッ、マジで暗いな。何にも見えねー・・・」

洞窟へ入って数分も経たないうちに、お互いの姿も見えないほどの暗黒の世界になった。

「やはり、灯りがないと危険ですね」

グラディウスがそっと手をかざす。

ポッ。

「わわっ! な、何なんだそれは!?」

カッツは、グラディウスの掌に現れた光に驚き、容赦なく大声を上げた。

「お静かに」

やんわりと窘められ、慌てて口をつぐむ。

「すげぇな。俺も見るのは二度目だが、魔導術っつったっけ」

「ええ。体内の力を現象へ変換する能力です」

グラディウスの出した光は徐々に拡散し、半径二メートルほどを薄明るく照らした。

「あまり派手には出来ませんが」

「こりゃいいや。でも魔導術って、長ったらしい呪文とか唱えなくてもいいんだな?」

「呪文というのは、精神を集中するための手段の一つに過ぎません。そういう意味では、初心者は使った方が

良いのかもしれませんが」

「なるほど、グラディウス殿のレベルになると、使う必要もないということか」

「その通りです」

グラディウスが、冗談めかして笑う。

三人は短い会話をしながら、奥へ奥へと進み続ける。

 

「おい、気ィ付けろ。そろそろかもしんねぇ」

先頭を歩くシフが突如、言葉を発した。

「え?」

グラディウスとカッツには、まだ何かの気配は感じない。

「だってほら、見てみろよ。カッツが前に入った時の足跡っていうか、地面を踏んだ形跡が、石の状態で

分かるだろ。それが、ここで途切れてる。先は・・・何かデカいものを引きずったような跡になってる。

つまり、ここいらで一戦して引き返してきたってことだろ?」

シフにしては珍しく丁寧な説明を聞いて、二人とも納得する。

「ふむ、確かに距離で考えても、自分もこの辺りだと思う」

「ここからは、なるべく会話は避けましょう。辺りに注意しながら、絶対に死角を作らないように」

 

緊張が、最高潮に達する。

この先にいる生き物が何であれ、危害を加えてこようとするなら全力で戦わなければならない。

狭い洞窟の中、三人とも無事で出られる保証もない。

流れる汗を拭いながら、全員が薄暗い岩陰や壁に目を凝らしながら歩く。

閉鎖された空間の中、自分たちの足音だけがやけに不気味に響いている。

(くそ・・・対人間の戦いに出るよりおっかねぇな)

シフが心の中で自嘲した時だった。

前方の光の中に、ぼんやりと大きな影が映り込んだ。

「いたぞッ!」

シフの鋭い声に、二人も足を止めて呼吸を細める。

「あれは一体・・・」

カッツが蒼白になるのも無理はない。先の岩陰に潜んでいるらしい生き物の影は、およそ人間とはかけ離れた

形に見受けられる。

横長の胴体らしきものに、ぞわぞわと蠢く太い脚は・・・六本はあるか。

 

「ど、どうすんだよ? あんな化けモンと戦わなきゃなんねぇのかよ!?」

シフは狼狽してグラディウスの肩をつつく。さしもの彼も、人間以外のものと戦った経歴は無い。

「あれが妖魔といわれるものか・・・。グラディウス殿、自分に考えがある。ちょっと」

カッツがグラディウスに耳打ちする。

「・・・なるほど。では私とシフさんが、その後に・・・」

グラディウスは頷き、シフに作戦を告げる。

「大丈夫なのか、それで・・・」

「やってみましょう。全ては、あなたにかかっていますよ。失敗したら終わりです」

「・・・分かった」

シフが首を縦に振ったのを合図に、三人が動く。

 

まずはグラディウスが魔導術を使用する。

先程までの光を極限まで強く、大きく。

辺り一面を閃光で包んだ。

まるで真昼の太陽の下である。

「ギャアアアアアアアアッッ!!!」

途端に、この世のものとは思えないほどの奇声が洞窟内に轟き、岩の向こうから凄まじいスピードで

『それ』が姿を現した。

地面が震える。

「げーッ!! 何だアレ!!」

シフは全身が粟立つのを感じる。

目の前に飛び出して来たものの姿は、人知を遙かに超えていた。

巨大な楕円形の胴体から、左右に生えた六本の脚は節くれだっている。頭部は胴体の半分はあるだろうか。

牙と赤い舌がのぞく口を開き、人間の頭より大きな目は気味の悪い光を帯びている。

全身は、堅そうな皮膚(?)で覆われていて、まるで岩のようだ。

 

「きょ・・・巨大な蜘蛛の体に、もっと巨大な蟻の頭をくっつけて、蟹の甲羅を装甲させたような感じだな・・・」

あまりにも現実味を帯びないカッツの感想は、しかし的確でもある。

「おい、あいつ怒ってるよな?」

「当然ですよ。こちらから挑発したのですから」

グラディウスは化け物を見据えたまま、いやに落ち着き払った口調で答える。

妖魔は、今にも向かって来んとばかりの雰囲気である。

「カッツさん、相手は暗い世界で生きる物。一時的に、この光で視力が弱っているはずです」

グラディウスに肩を叩かれ、カッツは深呼吸をひとつ。

そして、己の何倍もの大きさの化け物に突進する。

「はッ!」

妖魔も、自分の元へ向かってくる獲物に反応した。

巨大な六本の脚を、次から次へとカッツを目がけて振り下ろす。

頭上から襲いかかる脚たちを巧みに避けながら、カッツは距離を縮める。

その間も、彼を捕え損ねた脚が、轟音を立てながら容赦なく地面に大穴を作ってゆく。

(そろそろ足場が悪くなるな・・・)

攻撃を避けつつ近づいたカッツは、胸元から何かを取り出して大きく跳躍した。

「これでも・・・くらえッ!」

凄まじい破裂音がしたかと思うと、妖魔の両目から白煙が上がった。

「よし、見事に完全ヒットだな」

まばたきする間もない攻防を見て、シフは汗を拭いながら言う。

カッツが投げつけた爆竹は、敵の目を確実に潰していた。

「さあ、次は私たちの番です」

「よし・・・」

 

妖魔は目から血を噴き出し、その苦痛のせいで洞窟内を所狭しと暴れ始めた。

まるで断末魔のゴキブリのようである。

「カッツ、そいつから離れろ! 今度は俺の出番だ!」

シフは、剣をスラリと抜き、妖魔へ切っ先を向ける。

腹の底が引き攣るような恐怖を押し込めるように、息をひとつ吐いて唇を舐めた。

「よっしゃ、グラディウス、来い!」

その言葉に、グラディウスが自らの右手に力を込める。

「いきますよ・・・」

炎の柱が生まれた。それは勢いよく彼の手を離れ、シフの持つ剣へと向かう。

鈍い音が、岩壁に反響する。

シフは燃え盛る龍のような炎を、その剣で受け止めていた。

耐えがたい衝撃と重さに逆らうように、足を踏ん張る。

「ぐあッ・・・」

(もし、シフさんがあれに耐えられなかったら)

グラディウスの心に、一抹の不安がよぎる。

(な、なんつー威力だ・・・)

シフはこんな風に、のしかかられるような痛みを覚えたのは初めてだった。

炎が、剣の刃にうねるように巻きついてくる。

灼熱の塊を地面すれすれで支える腕は震え、汗が噴き出し、全身の血管がぶつぶつと切れるような感覚が駆け巡る。

「グラディウス殿・・・あの術、手加減なしか」

「ええ。手を抜いていては、敵は倒せません。私の炎だけでも、彼の剣だけでも駄目なのです」

シフの体は、炎の作り上げる熱気の壁に包まれている。

その間にも、バタバタと狂い暴れる妖魔がシフに向かって来ていた。

シフの体力は限界に近く、視界が濁る。

(・・・やべぇ・・・ッ)

どうしようもない疲労感が身体を蝕む寸前、シフの耳にグラディウスの声が届いた。

「シフさん! そこで負けている場合ではありません、聖騎士になるのでしょう!?」

(・・・・・・!)

 

聖騎士。

 

シフの瞳に、光が戻った。

「ちっくしょ・・・・おおお・・・・」

ぐぐぐ、と炎に取り巻かれた剣が持ち上がり、火の粉が舞う。

妖魔の巨大な脚が、もう目の前にあった。

妖魔が進んでくるたびに、地面がグラグラと揺れる。

「こんなところで・・・くたばってたまるか・・・ッ」

シフは渾身の力で叫ぶ。

「くらい・・・やがれぇぇぇぇッ!!」

シフの顔面に向けて、妖魔の脚の1本が振り出された瞬間。

僅かに早くシフから繰り出された燃え盛る剣が、脚ごと妖魔の体を深く刺し貫いていた。

「グギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

眉間を深々と刺された妖魔は、最期の叫びと共に、その身を内部から焼き尽くされて灰となった。

「へ、へへ・・・やったぜ・・・」

シフは、そのまま糸が切れたように仰向けに倒れ込んだ。

あと1秒でも行動が遅ければ、シフの頭の方が化け物の脚で粉砕されていただろう。

「良かった、シフさん。ご無事で何よりです」

「大したものだ! シフ殿は剣士の鑑だ」

「はっ・・・これが・・・俺様の・・・実力だ・・・。でも、情けねぇ・・・もう指一本・・・動かせねぇ・・・」

力なく笑うと、シフは目玉だけを灰の塊に向ける。

「まさか・・・生き返ったりは・・・しねぇよな・・・」

「ええ、大丈夫ですよ」

「もう、人間以外と戦うのは・・・御免だぜ・・・」

そこまで言うと、シフは目を閉じた。

取り巻かれた炎のせいで、身体のあちこちに火傷を負っている。

 

「グラディウス殿、どうして妖魔の弱点が炎だと分かったんだ?」

カッツの問いに、グラディウスが柔和な表情を向ける。

「あの妖魔の存在は、過去に書物で読んだことがあるのです。もちろん、架空の存在だと言われていましたけどね。

リィスさんのお話を聞いた時に、もしやと思ったのです」

ただ、とグラディウスは続ける。

「弱点までは知りませんでしたよ。ヒントを下さったのは、カッツさんのお婆様です。火をたくさん使ったせいで、

妖魔が怒ったと仰いましたから」

そっと、灰の一部を手に取る。

それは、さらさらとグラディウスの細い指から零れ落ちた。

先程までは確実にあった『生』を力なく主張するような温かさがあり、グラディウスに少しの罪悪感をもたらす。

「こんな異形の生き物ではありますが、危害を加えられることがなければ大人しい存在だったそうです。

だからこそ、炎が苦手なのかと思った次第で」

「そうだったのか・・・。しかし祖父殿は、どうなったのだろう」

「記述通りなら、ご無事かと。この妖魔の食らった力は、本来の持ち主の元に帰ったと思いますよ」

「はあ〜・・・安心したら、力が抜けてしまった」

カッツが、大きな図体でペタンと座り込む。

 

「おや、シフ殿は眠ってしまっているのか」

「本当ですね」

寝顔だけは小さな子供のようで。

二人はそれを見て静かに笑った。

「よし、シフ殿は自分がおぶって帰ろう」

カッツは、片手で軽々とシフを持ち上げて背中へ乗せた。

「ふふ。カッツさんがいらっしゃらなかったら、私はシフさんが目を覚ますまで、ここを動けませんでしたね」

「馬鹿力だけが自慢だからなぁ。この位は朝飯前だよ」

歯を見せて豪快に笑うその姿は、本当に彼の内面を表しているようで心地良い。

グラディウスは、灰に埋もれたシフの剣を拾う。

それには、まだしっかりと熱が残っていた。

 

            ☆

 

「しかし、シフ殿は大した力の持ち主だなぁ。この若さでここまでとは、相当な鍛え方をしてきたのだろう」

「ええ。まだ出会って間もないのですが・・・私も、すごい方だと思います」

帰路、二人はそんな会話をしていた。

「そうやって誇れる友人というのは、なかなか出会えるものじゃない。大切にしてやるといい」

一回り以上も年上のカッツの言葉が、グラディウスの心に、何故かしみじみと響いた。

「そうですね・・・」

シフの剣を抱える手に、力を込める。

 

ほどなく洞窟を抜けたあたりで目を覚ましたシフは赤面してカッツの背中を飛び降り、それを二人は

からかって笑った。

あとはファニー村を目指し、一直線に山を下るのみである。



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