<闇夜の戦い>

 

「進めッ! 進めえええッ!」

深々とした月夜の中に、馬の蹄と少年の怒号が響く。

「敵部隊は森の入口に布陣している! 確実にブッ潰す!」

先陣を切っているのは、この闇夜に溶けてしまいそうな漆黒の鎧を身にまとった少年。

最大の武力国家と呼ばれるラウォの騎士隊長・シフである。

少年とはいえ、百あまりの騎馬兵を引き連れて疾走する様は、あまりにも猛々し過ぎる。

他国の反乱部隊がラウォの領土内に侵入したという情報は、すぐさま王の耳に届く。そして真夜中にも関わらず、

シフに出撃命令が下されたのである。

相手の規模に合わせてこちらも少数ではあるが、騎士隊長であるシフが直々に率いる兵士はどれも精鋭である。

国王は、例え相手の戦力が格下だろうと一切手を抜かない。確実に敵を殲滅できる手段で挑むのだ。

危険な芽は徹底的に根絶する。それがバルの信条であり、ラウォが最強の武力国家にのしあがった要因でもある。

 

「おいッ! お前ら遅ぇぇッ!」

シフは容赦なく叫び、後続の兵士たちは僅かに身体を震わせる。

「なぁ・・・今日の隊長、変じゃないか」

「ああ、どこか焦っていらっしゃる」

兵士たちは馬を飛ばしながら囁き合う。

短気な性格ではあるものの、普段は戦場では視野の広いシフが、何だか事を急ぎ過ぎているような気がする。

それが戦いの中でどれほど不利になるかは、他ならぬ彼こそが一番知っているはずなのだが。

馬上で怒鳴り散らすシフの脳裏には、つい数時間前の出来事が繰り返し思い出されていた。

それが、胃の中の物をせり上げるほどの不快感を呼び起こしている。

 

            ☆

 

「どうした、シフ・・・? とっくに出撃の命は伝えたはずだぞ。はよう行け」

国王はいつもの如く、玉座で葡萄酒の入ったグラスを揺らしながら冷たく言い放った。

「俺は・・・もう戦いには行きません。この半年、国王の望み通りに戦い、領土を広げました。もう、メルビアを

牢から解放して下さいッ!!」

金色の瞳を吊り上げ、シフが声を上げる。

「くくく。突然、何を言い出すかと思えば」

年齢はシフより幾回りも上で、その眼光と威圧感は、それだけで人を平伏させるほどの力を持つバル。

ゆったりと笑って酒を一口流し込む。

「ワシの望みは、大陸の全土統一だと言ったはずだ。それを成すまで、いくら領土を広げたと言っても足りぬぞ」

「っ!」

「それでも嫌だというのなら、無理強いはせんがな・・・そうだ・・・・くくく」

国王の目が妖しく光る。

「お前を国から追放してやる代わりに、メルビアの片腕を、目の前で切り落としてやろう」

 

            ☆

 

ついにシフの部隊は、敵陣まで辿り着いた。相手も奇襲は予測していたことである。既に戦闘準備を整えていた。

シフは手綱を引き、剣を抜く。

「一人たりとも生きて帰すな!」

シフの口から出たその言葉は、バルからの言葉である。それを合図に、ラウォ軍は真っ向から敵に向かって雪崩れ込んだ。

 

戦いの行方は、やはりという結果に終わった。シフの軍は最小規模の被害で相手の部隊を壊滅させた。

「ゆ・・・許してくれッ・・・ぐあああ!」

命乞いも虚しく、投降した敵たちはどんどんと息の根を止められてゆく。負傷していようが、戦う意志を無くしていようが、

確実に止めを刺すラウォのやり方は、やはり冷酷無比としか言いようがない。

「はぁ・・・はぁ・・・」

シフは額から溢れる汗を拭うと、剣を納めた。敵兵の『掃除』までは気が進まない。自分が手を下さずとも、

部下の兵たちが好んでやることだ。

(何人か居なくなったな)

腹心たちが見当たらない。

(殺られちまったのか・・・)

折り重なる死体の山を確認するが、そこに知った顔はない。

「くそッ・・・弱いから殺されちまうんだ」

忌々しく呟くが、その顔はむしろ悲壮感に満ちていた。

 

シフがそろそろ引き上げの号令を掛けようと、森の奥に足を進めた時だった。

「ぎゃあああッ!」

向こうで、一人のラウォ兵が落馬するのが見えた。

「!?」

シフが目を凝らすと、それは紛れもなく腹心の一人、アレックスという男だった。身体に矢を射られている。

近くに、生き残った敵の弓兵が潜んでいるらしい。

シフは思わず動こうとしたが、躊躇う。騎士隊長である自分が行かなくとも、そのうち他の部下が気付く。

「く・・・くそッ・・・」

アレックスは、暗闇の中で地面を這いながら敵の位置を探ろうとしている。しかしこのままでは、すぐに第二の矢で

『掃除』されるであろう。自分たちがしているように。

「・・・・・・」

自らの命を危険に晒してまで、怪我をした兵を助けに行くのはラウォのやり方に反する。

特に、シフのような立場の者がそれを行うのは良しとされない。部下は、人間としての一人ではなく、駒としての

一つだと考えろと、常々言われている。

(・・・・・・)

シフが馬の元へ戻ろうとした時、彼の五感が鋭く反応した。

(木の上だ!)

闇夜にも関わらず、彼の瞳はアレックスを狙って弓を引く敵兵の姿をとらえた。

次の瞬間、考えるよりも先にシフの身体は動いていた。

普通なら、間に合う距離ではない。シフが相手を察知した時には、既に弓は限界まで引かれていた。

「た、隊長ッ!?」

突然自分の前に立ちはだかったのは、他でもないシフ。アレックスは一瞬、シフが矢で射られたと思った。

弓を放った敵兵も、また。

しかしシフは間一髪、抜いた剣で矢を叩き斬っていた。恐るべき動体視力である。

「お見通しなんだよッ!」

すぐに、懐から取り出したナイフを木の上に投げる。呻き声と共に、木の上から兵士が落下した。

シフの投げたナイフは、正確に相手の喉を突いていた。

「・・・ふぅ」

シフは息をつく。

「隊長・・・お怪我を・・・自分のせいで申し訳ありません」

「別に、大した傷じゃねぇ」

シフは、左の頬に出来た傷から流れる血を無造作に拭った。相手の矢を斬ったものの、破片が飛んで

深い切り傷となっていたのだ。ずっと痕が残りそうだが、シフにとってはどうでも良い事だった。

(国王の望む、冷酷な飼い犬になるには・・・まだまだか)

結局、自分の人間としての正直な部分に逆らえなかったことが複雑であった。

いつの間にか、月が翳っている。

 

幸い、アレックスは致命傷を免れていて数ヵ月後には部隊に復帰した。

国王には『愚かなことをしおって』と冷たく罵られたと聞くが、シフが規律を破ってまで自分の前に

飛び出して来てくれたことは、深い感謝の念を抱かずにはいられない思い出となっていた。




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