<永遠の誓い>

 

シンディはベッドの上で目を覚ますと、しばらくユラユラと瞳を泳がせ、自分のこれまでの状況を思い出そうとしていた。

「シンディ・・・どの・・・」

その弱々しい声に気付いて横を向き、隣のベッドで彼がこちらを見ているのを知った瞬間。

恐ろしい記憶が津波のように脳裏に押し寄せ、飛び起きてその大男を怒鳴り付けた。

「この・・・馬鹿者ッ!・・・っう!」

すぐに、自らの胸の激痛にうずくまる。

「おいシンディ! まだ動くんじゃねぇッ!」

けたたましくドアを開け、シフとグラディウスが部屋に飛び込んできた。

「そなた・・・たち」

「シンディ様、まだ傷が塞がっていませんから」

二人は両側からシンディを支え、ベッドへと座らせる。

 

エントルス神殿の一室。戦争で負傷したカッツとシンディは命こそ取り留めたものの、丸三日も目を覚まさなかった。

シフとグラディウスは復興の作業などを行いながら定期的に様子を伺いに部屋を訪れていたが、ちょうどこの

タイミングに出くわしたのである。

カッツは少し前に目を覚ましていたが、まだ起き上がれるような状態ではない。生き残った兵士たちの中で、誰よりも

重い傷を負っていた。

シンディは全身に痛々しく包帯を巻かれたカッツを見て、ぽろぽろと涙を零した。

「馬鹿・・・もの・・・こんなになるまで・・・」

自分が敵に胸を貫かれたあと、カッツが命懸けで守り抜いてくれた姿を、まざまざと思い出す。

血まみれで、ともすれば仁王立ちのまま死んでしまうのではないかという恐怖や、必死に女神にカッツの無事を

祈った気持ちを思い出すだけで、身体が震える。

「そなた・・・目は・・・」

カッツは左目に眼帯をしている。

「シンディ様、その・・・」

「いいんだ、グラディウス殿。あの状況で、右目が残っただけでも有り難いことだ」

カッツが力なく笑って見せる。

「っ!・・・」

シンディが嗚咽を漏らす。その細い肩に、シフがそっと手を置いた。

「・・・部隊はみんな、カッツとゼルガのおっさん以外、死んじまったんだ」

「・・・私の側近たちもか・・・」

「ああ・・・」

「ディロイ部隊長たちは・・・」

「もう戻らねぇ」

「そう・・・か・・・」

いくら覚悟をしていたとはいえ、本当に大きい戦争の代償。

こうして命があっただけでも奇跡と言えるのだろう。

シンディの胸からも、まだ僅かに血が滲んでいる。それでも彼女は痛みも構わずカッツの名を呼ぶ。

カッツは、ベッドに寝たままゆっくりと頷いて見せる。あれほど筋肉質で大柄な身体が、今はなぜか小さく見えた。

「すまない・・・すまない・・・カッツ・・・」

自分を守ろうとさえしなければ、もっと違う戦い方が出来たはずだ。最悪でも、片目を失うことは避けられたかもしれない。

シンディは、謝罪の言葉を幾度も幾度も呟き、涙を流し続けている。

 

「すまん、二人とも」

しばらくして、カッツが口を開いた。

「シンディ殿と二人だけで話をさせてくれないか」

「・・・しかし」

グラディウスは言葉を濁す。カッツの容体はまだ辛うじて峠を越えたに過ぎず、危険であることに変わりは無い。

一般人ならとっくに死んでいてもおかしくないほどの出血も、ようやく止まったところなのだ。

「大丈夫だ・・・有難う、グラディウス殿」

そう言うカッツの瞳には、しっかりとした力があった。

「行こうぜ、グラディウス」

シフがグラディウスの肩を叩く。

「・・・あまり無理をしないようにお願いしますね」

それだけ言い残し、二人は部屋を後にした。もう時刻は夕方になっていて、廊下の空気はひんやりとしている。

「俺が、メルビアに言いたかった言葉を・・・きっとカッツは言うんだ」

ドアを後ろ手に閉め、シフが呟く。

「シフさん・・・」

言えるカッツと、永遠に言えないシフ。一瞬、シフの金の瞳が揺らいだように見えた。

「まあ、俺はあの世に行った時に言うつもりだからな。カッツよりスケールでかいってもんだろ!」

グラディウスを見やり、シフはケラケラと笑う。

こんな彼の性格に、色々な面で救われてきたなとグラディウスは素直に思う。

「さ、暗くなる前に残りの作業も頑張るかぁ」

「そうですね。私も炊き出しの手伝いに回ります」

「あ、俺は大盛りでヨロシクなっ」

「だったら、人一倍に資材を運んでもらわないと」

まだまだ、復興は始まったばかりだ。二つの影はあっという間に遠くなっていった。

 

            ☆

 

どのくらい時間が過ぎただろうか。シンディの手は、カッツのそれによってしっかり握られていた。

「もうそろそろ・・・泣き止んではもらえないか」

カッツの右目が、たまらないほど優しく笑う。

「そなたを、こんな形で傷付けるとは・・・己の未熟さがあまりにも情けない・・・」

「とんでもない。自分が勝手にそうしたのだから」

体勢を少し変えるだけでも全身が引き攣れるような痛みが走るが、カッツはゆっくりとシンディの頭を撫でる。

「いつの頃だったか・・・いや、初めて会った時からかもしれない。あなたに憧れていたのは」

「え?」

カッツの声は低く、真剣だった。

「女性との出会いなどなかった自分にとって、あなたは新鮮だった。優しく、強く、真っすぐで迷いがなく、

自分には眩しすぎる人で・・・絶対に死なせたくなかったんだ」

「か、カッツ・・・」

涙で濡れたシンディの頬が紅潮する。

「まあ、こんな力自慢しか出来ない男に言われても、迷惑かも知れないが」

ははは、と笑うカッツとは対照に、シンディはぎゅっと眉根を寄せて言葉を振り絞る。

「わ、私とて・・・そなたの大らかさを・・・好もしく思っていた・・・ずっと・・・」

繋いだ手に力が込められたのを感じ、カッツは胸が熱くなる。

「あはは・・・いいものだな。想いが通じ合うというのは」

しみじみとそう言い、シンディの目尻に溜まった涙を優しく指で拭う。

「・・・自分と、ずっと一緒に居てくれないか。あなたに色んなものを見せてあげたい。綺麗なものを、沢山だ・・・。

目に見えるものも、見えないものも、綺麗なものは全てあなたの笑顔になるだろうから。自分に、あなたを守らせて欲しい」

カッツらしい、どこまでも誠実なプロポーズだった。

シンディの瞳から、先程までとは理由の違う涙が溢れ出す。

「こ・・・こんな・・・男勝りな私で・・・本当に良いというのか・・・」

「そんなあなただから、好きになったんだ」

「っ・・・!」

その返事を聞いて、ついには子どものようにしゃくりあげてしまったシンディ。カッツは優しく微笑んだまま、

ずっと彼女の華奢な背中を撫で続けていた。

 

            ☆

 

あれから数年が過ぎた朝。

「父上っ! おはようございます!」

部屋の扉が勢いよく開き、まだ五歳ほどであろう・・・小さな男の子が掛け込んでくる。

「おお、おはようレニ。今日は早起きだなぁ」

相変わらず逞しい腕は、ひょいとその子の身体を抱え上げる。

「早くカーテンを開けてみて下さい!」

「?」

「早く早く!」

急かされるまま、カッツはカーテンをさっと引く。

「あ・・・」

雨の上がった空に、大きな虹が掛かっていた。エントルスの街並みから更に遠くの砂漠を跨ぐように、自然の神秘が

堂々と煌めいている。

「これは見事だなぁ!」

「ねっ、凄いでしょう! あんまり綺麗だったから、すぐに見せたくて・・・ちょっと廊下を走っちゃいました!」

レニは屈託のない笑顔でカッツの首に抱き付く。

「母上にも教えてきたんですよ! 僕、また綺麗なものを見付けたら二人に教えてあげますね」

「・・・・・・」

「あれ、父上・・・どこか痛いの?」

カッツの右目から雫が一つこぼれたのを、レニは不思議に思った。

「いや、何でもないよ・・・。そうだな、これからも、お前と母上と・・・三人で綺麗なものを沢山見よう」

「はい!」

満面の笑みでレニが返事をした時、再び部屋のドアが開いた。

「ふふ、さっそく教えに来ていたようだな」

「あっ、母上!」

「これほどの虹はそうそう見れるものではないからな。せっかくだから、もう少し三人で見ていよう」

カッツの提案に、シンディは微笑んで窓辺に寄る。

 

目に見える、綺麗なもの。

そして目に見えない、綺麗なもの。

それは確かに存在している・・・永遠に。



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