<禁忌の宝>
自分という存在が、どういう血筋と歴史の末に発生したものであるのか・・・
それを理解した時、畏怖という感情と、歓喜という感情と。
相反するものを彼は感じた。
かつて太古の昔、このリオール大陸には六つ目の国が存在し、ファニークスという名を冠していた。
文明が群を抜いて発展し、その要因は、ずば抜けて知能の高い一族が技術開発に携わっていたからだという。
だが、ある時を境にその国は忽然と姿を消す。
今までは、ここまでしか伝えられていなかった。そもそも、それすら『おとぎ話』という程度の扱いだった。
・・・しかし歴史は、彼が1冊の文献を見付けたことから、その流れを変えることとなる。
若くして国王という立場に即位し、もとより武術の腕も天才と評され、同時に知識も並みの学者を凌ぐほどであった彼。
ある時、暇を持て余して城の書物庫を漁っていた時にボロボロに朽ちた本を発見する。持ち上げた瞬間に表紙の一部が
塵と化したほど、風化していた。
中は恐らく個人が書き記した、手記のようなものだった。見た事のない文字で綴られており、しかしそこからは
自分を強く導くような感覚が伝わって来る。彼は、それから三年ほどの歳月をかけて内容の解読を独自に行った。
読み解きたかったというよりは、自分の中の何かが、読み解くように囁きかけていた。
この期間の彼は、何かに取り憑かれたのではないかと噂が立つほどに憔悴した。睡眠障害を起こし、体重も大幅に落ち、
眼光だけが妖しく光る・・・見るも恐ろしい風貌で、国政すら顧みることなく解読だけに没頭していた。
やがてそれが完了した時、彼は失った多くのものの代わりに、大きな真実、そして真相を得る。
自分の左腕に生まれつき浮かんでいる、紋章のような赤い痣が何よりの証拠であった。
「太古の、技術者の証・・・か」
そっと痣を撫でて呟くと、体中の血が沸騰するような興奮を覚えた。
そして、一族の家宝として厳重に管理されている、あの剣に思いを馳せる。門外不出とされ、子どもの頃から
滅多には拝む機会のないそれに、彼はただならぬ力を感じてはいた。
その理由を知ってしまった今、その剣の『真の力』を知らず、ただ崇め奉ってきただけの先祖たちをひどく愚かだと感じた。
あの剣は、使ってこそ真価を発揮するもの。
・・・世界すら握れる剣。
それは冗談でも絵空事でもなく、強い確信であった。
☆
「国王、どうなさったのですか・・・」
半ば緊張した面持ちで見張りの兵士が言う。
目の前に突然現れた国王は、まだ年齢は若いが恐ろしいほどの威圧感がある。
「・・・宝物庫に用がある。そこを退け」
暗澹とした声で命令が下される。
「お、恐れながら国王の御命令でありましても・・・」
いったんそこで言葉を区切り、ごくりと唾を呑む。
「催事以外での宝物庫の開放には、議会での承認が必要であります」
そう言い切った兵士は、仕事に真面目な人物であった。
まだ完全なる絶対王政の国ではなく、こういった先代までの慣例が残っている。それすら忌々しく、
今後は徹底的に『自分だけの国』に作り直し、古い決めごとなどを一掃してしまう算段の彼は、ただ一言、
兵士に向かって呟いた。
「お前の、家族もろとも始末されたいか?」
重い扉の先。宝物庫は様々な国の宝が納められている地下の一室である。骨董品や美術品が行儀よく並び、
まばゆい宝石の数々もこちらを見ている。
だが、彼にとってはそれらは石ころも同然である。
目的は、ただ一つ。
宝物庫の更に奥に造られた、小部屋の扉をこじ開ける。
(最後に見たのは、先代の鎮魂祭の時か・・・)
そこには、一振りの剣が静かに納められていた。
「私なら、この剣の力を引き出すことが出来る・・・」
腕の痣が熱をもっているのは、気のせいではないと思える。
「私が、神の宝の継承者だ」
その剣を持ち、鞘から抜こうとした瞬間。
どこからともなく現れた黒い炎で、指が焼けついた。
「ぬぅッ・・・!」
まるで、剣が触れられるのを拒んでいるかのようである。
「一筋縄ではいかぬということか・・・面白い!」
彼は力を込めて鞘から刀身を抜く。更に炎の勢いは増し、容赦なく彼の身体を包み込んだ。
「ぐああああッ・・・これが・・・この剣の力か・・・」
気が狂うほどの熱さと痛み。それでも彼は剣を握り続けた。
「私が・・・私こそが・・・この剣を持つのに相応しい!」
振り絞るように奥歯を噛み締める。皮膚が焦げ、異様な匂いが充満する。
しかし、彼は龍の如くうねる炎をその身に受けながら、笑い始めた。
「くく・・・ははは・・・上出来だ・・・」
熱で溶け始めた唇を歪ませる。
「剣よ・・・我が命に従えッ!」
その怒号が響くと同時に、黒い炎がすっと消えた。代わりに、刀身がぼんやりと漆黒の光を帯び、
やけに剣自体が軽くなった。
本に記されていた継承儀式の記録では、炎に巻かれて命を落とした者が数多くいたという。
だが継承に成功する時、それは炎をおさめ、光を生むと書かれていた。
剣が、彼を持ち主と認めたのだ。
歴史の流れが変わることとなった瞬間である。
「あはは・・・はははははははは!」
彼は気が触れたように笑い、急にぴたりと止める。
手にしっかり握った禁忌の宝を見つめ、
「早速、お前の力を試してみなければなぁ・・・」
虚ろな目で呟き、ずる、ずる、と足を引きずりながら宝物庫を出て行く。
「国王! その剣はッ・・・」
国王が中で何をしているのかやきもきしながら待っていた見張りの兵は、そこまで言ったところで一瞬にして
真っ二つになった。きっと、自分の身体に剣が振り下ろされたことには全く気が付かなかっただろう。
まさに、刹那の出来事であった。まるで風をそっと手で受けるような斬り心地とでも表現しようか。
「ははは・・・何も持たぬほど軽いのに、まるで紙きれのように斬れる」
ますます、彼の瞳に暗い光が宿る。
「世界は・・・」
腕の痣を見る。
「私のものだ・・・」
火傷でドス黒く変色した顔でニヤリと笑うと、彼は死体をそのままに玉座への道を戻って行く。
神の宝とされた石から造られた剣。