<そこにある幸せ>
「そうか・・・とうとう結婚か」
中立国家エントルスに造られた平和公園にて。
ルシェ教の女神像が正面に見えるベンチで、シンディが嬉しそうに呟いた。
「ああ。相手も良さそうな人だった」
カッツが隣でしみじみと言う。
「ふふ。言葉とは裏腹に、随分と複雑そうだな」
「それはまぁ・・・」
ニヤリと笑う妻から目を逸らし、口ごもる。
「大事な妹だ。嬉しいのは、間違いないんだが」
反面、淋しさもある。
半年後、カッツの妹、リィスが結婚することになった。相手はマイヤに住む青年で、高齢者ばかりのファニー村に
野菜や薬品を売りに来る仕事をしている。
「本当に幸せになれるのか、心配なのも本音だ・・・」
「はは、まるで父親の口ぶりだぞ」
シンディはさっきから苦笑が止まらない。かつての戦争で無双の強さだった大男が、背中を丸めて溜め息を
ついている姿はなかなかに面白い。
「安心しろ。自分の妹が選んだ人なのだから、信じていれば良いんだ」
さわやかに晴れ渡った午後。心地のよい風に、シンディの銀の髪の毛がなびいて輝く。
「リィスの奴は、昔はシフ殿のことが好きだったみたいでな。もしや、と思っていた時もあったんだが・・・」
「ふふ、シフは無理だろうな。心の中にいるのは、今もたった一人の女性だけだ」
「うむ・・・そうだな」
そう頻繁に連絡をよこす方でもないシフだが、まだそういう方面の話は聞かない。容姿もよく似て気立ても良い
リィスだが、シフにとってのたった一人の女性を越えることは出来なかった。それも、もう何年も前の話であるが。
「しかしまぁ、リィスは兄の自分が言うのも何だが・・・美人で優しいし、雰囲気もこう、柔らかくて。妻となるには
理想的な女性に育ってくれた」
カッツが、へらりと笑う。
「ほお、まるで正反対の妻を貰ってしまったとも取れる言葉だな?」
シンディが冷やかに横目で見る。
「あ、いやいや・・・そういう意味では」
「そんな女が好みなら、好きにするがいい」
つんと立ち上がり、向こうへスタスタ歩いてゆく。その背中にカッツの苦笑が追いつく。
「他の女性の所には行かんよ。自分も、命が惜しい」
「・・・・・・」
シンディが振り返る。
「ふっ・・・!」
「あっはっは!」
二人は腹がよじれるほど笑った。
「きっとリィスも、幸せになってくれるだろうなぁ」
「大丈夫だ、あの子なら・・・」
「ちちうえー! ははうえー!」
二人の歩く先から、懸命に走って来る小さな男の子。
「ほら、綺麗な石を拾いました!」
紅潮した頬も、両手で石を得意げに見せる姿も愛らしい。
「ふふ、本当だ。そなたは、綺麗なものを見付ける天才だ」
シンディが微笑んで息子・・・レニの頭を優しく撫でる。
「もう夕方になるから、そろそろ帰ろうか」
「僕、おなかすきました」
「今日は、レニの好きなシチューにしようと思っているぞ。帰ったら、すぐに準備しよう」
「やったぁ!」
「ははは、良かったなぁ」
レニは拾ってきた石を急いでポケットに詰め込むと、二人の真ん中に行って両手をそれぞれに繋ぐ。
大きな影の間に、小さな影が一つ。それは何気ない日常の、ささやかな幸せの光景。