<君とずっと・・・>

 

ラウォ城の一室。メルビアは、浮かない表情で窓から外を眺めていた。冬も近くなり、吹き込んでくる風は

身体の震えを促してくる。

「・・・・・・」

黄金に輝く月が、冴え冴えとこちらを見下ろしていた。

「あら、王女さま!」

寝具を整えるために部屋を訪れた王女付きの使用人が、慌てて駆け寄って来る。

「このような時間に窓をお開けになってはいけませんよ、もう寒いのに・・・風邪をお引きになってしまいます」

「分かってるわ、もう寝るから」

悪戯を見付かった子どものような表情で、メルビアは窓を閉める。彼女が幼い頃から仕えてくれている使用人。

名をセレイといい、きびきびとシーツを整える手付きが王室勤務の長さを物語っている。椅子に腰掛けてセレイを

ぼんやりと見つめていたメルビアが、ふと言葉をかけた。

「ねぇ・・・いよいよ明日ね」

どこか虚ろなものを含む声に、セレイは手を止める。

「あの少年騎士の就任式ですか?」

メルビアは、のろのろと頷く。

メルビアの父親、国王バルの部下である少年シフ。彼はメルビアと同じく、今年十五を迎えた。騎士見習いとして

養成所に入るずっと前から幼馴染として仲良くしてきたが、それぞれ重い立場を背負っている。もう、昔のように

無邪気に遊んではいられない。

明日、シフはこの国で王の次に高い位である、騎士隊長という役目を与えられる。ここ数年も逢えるのは限られた

時間だけになっていたが、今後はますます・・・。

「仕方のない事なんだけど」

言葉ではそう言うが、表情は納得していない。セレイは長くメルビアを見守ってきただけに、複雑な心境も良く

理解している。そっと微笑むと、毛布まで皺一つなく整え、黙って部屋を出て行った。

 

(明日・・・)

シフが実力で手に入れた、騎士隊長という立場。この年齢での就任は史上類を見ない出来事である。

本来なら、祝うべき事なのだ。そう頭では思っても、心が付いて行かない。

(朝なんか、来なければいいのに)

どうにもならない現実に溜め息をつきながら、仕方なくベッドに入ろうとした、その時。

先程まで外を見ていた窓に、コツンと石が当たった。

「!?」

メルビアは飛ぶように窓際へ行くと、硝子のそれを押し開ける。見下ろす中庭に、シフが笑って立っていた。

「し・・・」

言いかけて、慌てて口を塞ぐ。誰かに見付かったら大変だ。

シフはこちらを見上げて、大きく手招きをしている。飛び降りろという意味だ。メルビアは少しだけ躊躇うが、

これは別に初めての事ではない。

こくこくと頷いて見せると、念のため一度後ろを振り返って窓から身を乗り出し、飛び降りた。

「よっ・・・と」

シフはその身体をしっかりと横抱きに受け止める。

「おまえ、重くなったな」

「う、うるさい! それよりも、どうしたの?」

「ここじゃマズイ。来いよ」

「あ・・・ちょっと」

有無を言わせず、シフはその手を引いて見張りの兵に見付からないように城の中庭を走り抜ける。

 

            ☆

 

城からよりも、もっと月がはっきり見える見晴らしの良い丘。ラウォ城から少し離れたこの場所は、子どもの頃から

二人が良く遊んだ場所だった。

「だいぶ寒くなったなぁ」

シフは、息の白いメルビアの隣に立つ。

「ほら、これ着とけ」

自分の上着をメルビアの細い肩に掛けた。少々荒い手付きだが、昔から変わらない彼の優しさ。メルビアは素直に

袖を通し、そこに残るシフのぬくもりに身を預けた。

「びっくりしたよ、突然来るんだもん」

「これからはあんまり逢えないかもって思ったらさぁ。つい、詰所を脱け出して来ちまった」

シフも、同じ気持ちだったのだ。その表情も、やはり複雑な色。

「・・・」

「あ、帰りも心配すんなよ。もうすぐ見張りが交代する頃だ。その入れ替わる隙を突いて連れて帰ってやるから」

「うん・・・ありがと」

二人は、しばらく黙って月を見上げていた。

 

「ねぇシフ。明日にはもう・・・」

「・・・ああ」

メルビアの、濁した言葉の先。何を言わんとするかなど、訊くまでもない。シフも静かに頷く。

「騎士隊長になったら、実戦に出るようになるんだよね?」

「・・・ああ」

「ちゃんと、帰ってきてよね」

「・・・行くなって言われるかと思った」

シフが伏し目がちに笑う。そんな彼の手を、メルビアは握る。

「信じて、待ってるから。シフが帰って来るのを」

夜とはいえ、月の光は互いの表情を明るく照らす。

メルビアは、微笑んでいた。

「いつだって、ちゃんと待ってるからね」

「ああ・・・」

 

それ以上、言葉を交わさなかった。

もう子どもではないが、大人でもない。そんな十五歳の二人には、繋いだ手から伝わるあたたかさが全てだった。

それ以上に、思いを伝える方法を知らない。

立場は変わっても、この小さな幸せはずっと続くはずだと思っていた。

月も、城も、ずっとそこにある。

隣にいる相手も、ずっと変わらず傍にいるのだと。

そう思っていた。

 

翌日、華々しい就任式にてシフが騎士隊長の役目を与えられ、国中の喝采を浴びていた頃。

メルビアは地下牢へと幽閉された。



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