<約束>
ただ一度だけ、姿を見て声を交わしたひと。
自分の故郷を巫女という立場で治めていた彼女は、とても穏やかで美しかったことを、彼はしっかりと記憶している。
それからもう長い事、精神感応での会話を続けている。
どうにかして、もう一度逢いたいとは思うものの・・・あまりにも危険な賭けである。
お互い、その場所に存在することを前提に意識を繋いでいるから。
―― そして、何よりも大事な使命がある。
いつ訪れるか分からない、その時のために。
普通の人間の感覚からは想像もつかないほどの長い時間を、互いに会話のみを支えとして・・・二人は今も存在している。
『君は、生きている時に恋人はいたの?』
『ふふっ、そのお返事は何度も申し上げましたわ』
『そうだったっけ・・・ごめん。君と話をしていると、つい舞い上がってしまって。いつもこうだね、ごめん』
ふわりと、あたたかな空気を含むような青年の声は少々上ずっている。
『まぁ。仮にも聖騎士様であったお方が』
彼女も、美しい声で笑った。
『僕も、聖騎士なんて立場以前に・・・一人の男だから』
こうして会話をする際、彼は必ず目を閉じた。記憶に焼き付いた彼女を少しでも身近に感じたいという思いが、
自然とそうさせた。
彼女もまた、焦がれるほどの気持ちを抑え、今の距離と己の立場に耐えている。
切なく、愛おしい時間は今日も変わらず流れてゆく。
『僕たちが生きていた頃から、大陸はどれくらいの歴史を刻んだのだろうね。ここに誰も来ない事を考えると、
平和な時代が続いているのかな』
『・・・どうでしょう』
『僕は、誰かが聖騎士を目指して来る日なんて、永久に来なければいいと思っている。その時のために存在しているくせに、
我儘だとは思うけどね』
誰も、人知を超える力を求める必要が無い世界。ある意味それは彼の愛した平和の証拠でもある。
『そうすれば、君ともずっとこのままでいられる』
『・・・・・・』
『あっ・・・困らせてごめん』
姿は見えずとも、月光を映したかのような彼の黄金色の瞳が、動揺に揺れているのが想像出来る。
誰よりも強く賢いのに、とても素直で純朴な人。
彼女の胸がまた、きゅっと痛む。
『・・・君に逢いたい。実際に逢って、その手に触れたい』
『私もです・・・しかし・・・』
『僕達には使命がある、だよね。分かってる・・・君は本当に強いな。僕はまだまだ未熟だ』
また、こうやって会話だけの日々が続く。
もしかしたら、未来永劫このままなのかもしれない。
それでも、彼は一つの約束をする。
『もし・・・使命を果たす日が来たら』
絞り出すような声。
『僕は君に逢って、君の隣で、君の手を握ってから消える』
『・・・はい』
一筋の涙が頬を伝い、彼女は悟られぬよう、そっと拭った。
自分たちが再会する時・・・それはすなわち終焉の時。
どれほど逢いたいと切望しても、逢えばそれが最後になる。